2007年11月07日

闘病日記

食事を与えるのを諦め、水もほとんど飲まなくなり、
寝返りを打つのが精一杯な状態でトイレへも行けなくなりました。
腎不全の為尿の色はなく、見た目にはわからないので
寝床のバスタオルを触って濡れているかどうか確認し、
出来るだけ負担が少ないようにタオルごとひざへ乗せ、
すばやくペットシーツとバスタオルを交換してから
麦をそっと戻してあげるのです。

ずっとそばにいてすぐに拭いてあげれればいいのですけど
仕事から帰ると口や手はよだれで汚れ、鼻水が固まって
鼻を塞いでしまっているので暖めたタオルで蒸らしながら
(猫は鼻でしか呼吸が出来ないと聞いていたので)
固まって取れない鼻水はつまようじの裏でそっと剥がし、
痛みのせいか気持ち悪いのか、顔は嫌がるのですが
ほとんど骨と皮だけの体を撫でながら拭いてあげると
少し気持ち良さそうに首をぐーんと伸ばすのです。

体に軽く触れている間は丸く固まった体を少し緩め
手足を伸ばして横になってくれるのでできるだけ長い間、
でも体力に負担にならない程度に撫でていました。

日に日に激しくなる吐き気で苦しそうな麦を、少しでも
楽にしてあげられないか病院へ電話してみたところ
とりあえず私だけでいいので来てくださいと言われ出向きました。

何か苦痛を減らせる方法がないか聞いたのですが
”まずどうしたいかを決めてください”と言われました。
方法として治療をするのか、安定剤で様子をみるのか、
(病院は治療を目的としているので提案はできないですが)
安楽死をさせるのかと聞かれ、安定剤をお願いしました。

mugi245.JPG 
治療を諦めてから写真は撮っていませんでしたので
亡くなる前の最後の写真です。
辛い姿ですので小さくしてあります。
クリックすると大きくなります。


会社の同僚からは、毎日何頭も処分されてる猫がいるのだから
腎臓移植はできないのかと聞かれました。
私を気遣っての言葉だったのですが、想像もしなかったし、
確かに人間に比べると倫理観など無に等しいので望めば
できるのかも知れません、
でも麦には申し訳ないけれど、健康に生きられる体があるのであれば
私はその仔を救いたいと言いました。

母からは苦しんでいるのなら安楽死はできないのかと聞かれました。
極度の苦痛にもがき苦しんでいるのならともかく、苦しいけれど
目の前で命をまっとうしようと耐えている麦に手を下す決断も
できませんでした。

ただ麦の命を見とどける事、私が生死など決めてはいけないと思いました。

ニックネーム 珠琳 at 18:03| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする