2007年11月14日

ありがとうございました

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麦が亡くなってから、動物霊園へのお参り、
そして麦を保護してくださったボランティアの方に
ご無理をお願いして麦が居た公園を案内していただきました。

とても大きな公園でとても和やかに思えましたが、
食料といえばボランティアの方の食事が頼みの綱で、
捨て猫や虐待も後を絶たないそうです。

いろいろとお話も聞かせていただき
猫が里親詐欺や夜間の捕獲などで売買されているという
現実も知りました。

決して全ての命が救われればなどと傲慢な考えはありませんが、
人間のエゴの為だけに命が失われる事がないようにと
願うばかりです。


麦が亡くなってからある方に、また貰えばいいと言われました。
ペットは物じゃないと思いました。
よく似た容姿の仔はいても同じ命はありません。
麦は麦しかいないのだから。
壊れたら新しい物を買うという風潮がそんな言葉になったのだと思います。
とても寂しい時代です。
だからと言ってもう二度と飼わないなんて決して言いません
いつかきっと麦がいい縁を結んでくれると思うから。

麦の闘病日記に長らくお付き合いいただきありがとうございました。
これで麦のお話は終わらせていただきます。
とてもシャイな仔だったのでこのブログで皆様に知っていただけた事
嬉しく思います。

本当にありがとうございました。




ニックネーム 珠琳 at 17:01| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

闘病日記

仕事から帰るとすぐ唾液や鼻水で汚れてしまった毛を洗う為
お風呂でシャンプーをしてできるだけ体が暖まらないようにドライヤーで乾かし、
治療を諦めた時からお空へ嫁ぐ麦の為の衣装を麦の様子をみながら少しずつ
編んでいたのですが仕上がり寸前だったのでとりあえず編み上げました。

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両袖を通してあげれなかったけれど、やせっぽちになった体で恥ずかしく
無いように(麦は迷惑だったかもしれないけれど)
みんなに可愛がってもらえます様にと願いを込めて。

ダンボールに保冷剤を入れ麦の為に頂いた線香をあげて
ペットの葬儀屋さんを探しお骨をどうするかずっと悩んでいました。
せめて火葬だけはと思っていろいろ聞きました。

直接連れて行くとその場で火葬後骨上げをして骨壷に入れて持ち帰れるとの事
公園でもいじめられる事が多くうちでも人見知りが激しく私にしかなついて
いないので連れて帰りたかったのですが、うちはお墓が無く埋めてあげる庭も無い
お経もまともにあげれないし、いつまでも私が麦を引き止めても生まれ替わってこれない、

亡くなって体を離れると不自由な所が無くなる聞いたので
あんなかわいい性格の仔は嫌われることも無いだろうし、共同供養にすると
火葬の立ち会いはできないけれど月に一度はお経をあげての供養もしてもらえる
という事で預ける事にしました。

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49日までは館内に一時安置してあるという事でしたので、後日動物霊園を訪ね
麦のお骨を見せていただきました、でもお骨を見ても何も感じなかったのです。
麦はそこにはもういませんでした。
きっと自由になってうちにも遊びに来てくれるような気がします。
ニックネーム 珠琳 at 16:45| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

闘病日記

安定剤の処方で、連れて出る事は無理なので家でできる方法として
飲み薬と座薬があるという事でしたので、現状口からは難しいと思い
座薬を出してもらうことにしました。

家へ帰り早速座薬を入れ少し様子をみていると体を撫でている時意外は
香箱座りをしていた麦が手足を伸ばし横になり少し感覚が麻痺してきた
ようでえづきも少しましになりました。

が、それと同時に呼吸も小さくなっていたのでもう長くはないだろう
と感じました。
ずっと就いていようか悩んだけれど翌日の仕事を口実に深夜2時頃寝室へあがりました。
でも本音はもしうとうとした隙に息を引き取っていたら
突然苦しみだしたら、、、いろんな恐怖に勝てなかったのです。

翌朝目が覚めてもなかなか下りる決心がつきませんでした。

昨日寝かせた状態で静かに息をひきとってくれていればいいのにと
思いつつもまだ生きていてくれる微かな望みも頭をかすめ
麦の居る洗面所を覗くよりも先に大声で泣き叫んでいました。

麦はキッチンからこちらを向いて倒れていたのです。

猫は死に際に姿を消すと言われていますが動物は死という概念が無く
苦しいと敵から身を隠す習性から見つからない事が多いので
そんな迷信が生まれたらしいので、本当なら洗面の隅に隠れて
いるはずなのに、リビングに出てくるなんて私を探していたのかも知れないと思うと、
なぜ傍についていてあげなかったのか、
本当に最後まで麦に辛い思いさせてしまったことが辛くて苦しくて
冷たく硬くなった麦を抱えて泣きながら何度も麦に謝っていました。

それでも仕事は休まず、ダンボールを探しバスタオルで包んだ
麦を寝かせてありあわせの保冷剤をのせパンがいたずらしないように
洗面の片隅に置き家を出ました。


ニックネーム 珠琳 at 17:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

闘病日記

食事を与えるのを諦め、水もほとんど飲まなくなり、
寝返りを打つのが精一杯な状態でトイレへも行けなくなりました。
腎不全の為尿の色はなく、見た目にはわからないので
寝床のバスタオルを触って濡れているかどうか確認し、
出来るだけ負担が少ないようにタオルごとひざへ乗せ、
すばやくペットシーツとバスタオルを交換してから
麦をそっと戻してあげるのです。

ずっとそばにいてすぐに拭いてあげれればいいのですけど
仕事から帰ると口や手はよだれで汚れ、鼻水が固まって
鼻を塞いでしまっているので暖めたタオルで蒸らしながら
(猫は鼻でしか呼吸が出来ないと聞いていたので)
固まって取れない鼻水はつまようじの裏でそっと剥がし、
痛みのせいか気持ち悪いのか、顔は嫌がるのですが
ほとんど骨と皮だけの体を撫でながら拭いてあげると
少し気持ち良さそうに首をぐーんと伸ばすのです。

体に軽く触れている間は丸く固まった体を少し緩め
手足を伸ばして横になってくれるのでできるだけ長い間、
でも体力に負担にならない程度に撫でていました。

日に日に激しくなる吐き気で苦しそうな麦を、少しでも
楽にしてあげられないか病院へ電話してみたところ
とりあえず私だけでいいので来てくださいと言われ出向きました。

何か苦痛を減らせる方法がないか聞いたのですが
”まずどうしたいかを決めてください”と言われました。
方法として治療をするのか、安定剤で様子をみるのか、
(病院は治療を目的としているので提案はできないですが)
安楽死をさせるのかと聞かれ、安定剤をお願いしました。

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治療を諦めてから写真は撮っていませんでしたので
亡くなる前の最後の写真です。
辛い姿ですので小さくしてあります。
クリックすると大きくなります。


会社の同僚からは、毎日何頭も処分されてる猫がいるのだから
腎臓移植はできないのかと聞かれました。
私を気遣っての言葉だったのですが、想像もしなかったし、
確かに人間に比べると倫理観など無に等しいので望めば
できるのかも知れません、
でも麦には申し訳ないけれど、健康に生きられる体があるのであれば
私はその仔を救いたいと言いました。

母からは苦しんでいるのなら安楽死はできないのかと聞かれました。
極度の苦痛にもがき苦しんでいるのならともかく、苦しいけれど
目の前で命をまっとうしようと耐えている麦に手を下す決断も
できませんでした。

ただ麦の命を見とどける事、私が生死など決めてはいけないと思いました。

ニックネーム 珠琳 at 18:03| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月05日

闘病日記

まだトイレにだけは立とうとするので、
感触だけでもあると排泄がしやすいかと思い
小さなダンボールにチップをひいてバスタオルの寝床の前に置いたのですが、
やっと座れるぐらいの小さな箱に入りおしっこをしていました。
その姿がとても愛しく思いました。

病気がわかる前から麦の体臭がきつくなっていたのですが、
この頃から体臭とは違う異臭がするようになり、麦が少しずつ
壊れていくのを感じ、死への恐れと悲しみが日を追うごとに増していきました。

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猫砂を口にするようになって病院で相談のうえ空腹を紛らわせようと
試しに出してもらった猫缶と、少しは体力もつくようにと市販の
蜂蜜ミルクを朝夕交替で注射器で喉の奥に流し込んでいました。

療養食が無くなったので帰りに病院へ寄って買って帰り、
帰宅後すぐ洗面所にいる麦にただいまのご挨拶しにいくと
バスタオルに茶色いしみが何箇所かついているのに気づきました。
それが何かも知らず、療養食をお湯で溶き与えとしたのですが
全く喉を通りませんでした。

汚れてしまった体を拭き、少し粘り気のあるミルクで試してみました。
結果は同じで口の両端からミルクが流れ出しその中に小さな血の塊が
混じっていました。

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一瞬私は何をしていたんだろう、
体力が無い体で必死で首を背けていたのに
長くは無い命の一時に苦痛を強いるなんてなんて傲慢なことを
してしまったのだろうと、胸が苦しくて
何度も麦に誤りながら骨と皮の麦の体を暫く撫でていました。

決して延命の為に与えていたわけではなく麦が出来るだけ苦しくない
楽な状態でいられるようにと思ってしていたはずなのに
いつしかありもしない奇跡を願うばかりに必死になって、
麦を苦しめていたのです。

タオルのしみは唾液に血が混じっていた物だったとその時気づきました。

ニックネーム 珠琳 at 18:47| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月02日

闘病日記

文才がないため時間経過の前後や、
つたない文章になります事をお許し頂き
お話させていただきたいと思います。

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治療を諦めできるだけ安静にしてあげようと
日中はパンが入れないようににゃんこルームを締め切り、

麦が猫砂を口にしないよういつも使っていたトイレを
1階のシステムトイレと入れ替えて、歩かなくて済むように
椅子の下に作った隠れ家の前にトイレを置きました。

帰ってみると、いつもなら隠れ家の対角側にトイレを設置
していたので、その場所に尿の形跡が残されていました。
残された少ない体力で、それでもちゃんといつもの場所まで
行ったのです。

お利巧な麦はちゃんとトイレをしに行ったのにそこには
何もありませんでした。
とても切なかったです。

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10月に入るとにゃんこルームは日中と夜の温度差が激しくなり
日中は27,8度まであがり夜になると20度をきるようになりました。

毛布やレンジで暖めるカイロを置いてはいるものの体温を調節
するのも大変、かと言って朝夕居場所を移動させるのもストレス
等で負担をかけることになるので日中陽は当たらないけれど昼夜
温度差が少ないリビングで休ませる事にしました。

1階に連れて降りるとやはり物陰を探し、洗面台の前で落ち着きました。
ニックネーム 珠琳 at 17:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

ご無沙汰しております

そろそろ麦のお話をさせていただこうかと思っているのですが、
パンの様子を気にかけていただいていましたので
とりあえず写真だけでもと思い新しくブログを作りました。
パンの様子はそちらでご報告させていただきたいと思いますので
よろしければご訪問ください。

          pan.b.JPG
           こちらからどうぞ上
ニックネーム 珠琳 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする